業種・業態によりそれぞれの営業形態があります。そうした中、新しい営業形態の1つに「SaaS営業」があります。SaaSビジネス展開企業以外の営業マネージャーにとって、 SaaS営業は自分とどんな関りがあるのでしょうか。
SaaSビジネスとは
SaaS(Software as a Service)ビジネスとは、企業情報システムの開発・運用に必要なハードウェア・ソフトウェア・ITエンジニアを自社で用意し、ユーザ企業が必要とする業務システムをクラウドで受託するサービスのこと。
SaaSビジネスの代表例として営業支援ソフトの「Salesforce」、ビジネスチャットツールの「Slack」、ビデオ会議システムの「Zoom」などがあります。いずれも導入企業が増加の一途にあり、今やユーザ企業の業務効率化に欠かせないサービスになっています。
SaaSビジネスの売上はサブスクリプション型を基本にしているので、ユーザ獲得に成功すれば長期的に安定的な経営が可能です。また売切り型商品のように、売った時点で顧客との関係が途切れず、長期にわたる取引関係が継続するので、顧客単価引き上げの機会が得やすい、顧客ロイヤルティを高めやすいなどもSaaSビジネスならではの特徴と言えます。
SaaS営業の特徴
サブスクリプション型料金で売上を立てるSaaS営業の特徴は、顧客獲得・成約よりも顧客に対する継続的なフォローアップにあります。
SaaSビジネスは顧客の継続利用で経営が成り立ちます。したがって営業社員は解約されぬよう、顧客満足度が高い状態でサービス利用を続けてもらう必要があります。
このため顧客と濃厚なコミュニケーションを取る、満足度調査に基づいて顧客の不満要因を解消する、顧客ロイヤルティを高い状態で保持するなどのフォローアップ活動が何よりも重要になります。
なおSaaS営業を行うためには、営業社員は最低限次の用語に関する正しい解釈が必要とされています。
- ARR(Annual Recurring Revenueː年間経常収益)……1年間の経常収益。SaaS営業では1年ごとの収益ではなく、長期継続的な収益確保が重要になる
- LTV(Life Time Valueː顧客生涯価値)……顧客が生涯のうちにどれだけ自社に収益をもたらしてくれるかの指標。SaaS営業では契約から解約までの間に得られる収益を指す
- CAC(Customer Acquisition Costː顧客獲得費用)……一人の顧客を獲得するための費用。広告費、営業経費、営業社員の人件費など顧客獲得に要したすべての経費を指す。
- BEP(Break-Even Pointː損益分岐点)……SaaSビジネスにおけるBEPは、CACの投資回収が終了し、収益が発生する転換点のこと。BEP以降の期間を伸ばすことが収益率向上になる
- Churn Rate(解約率)……SaaS営業で最も重要な指標。継続的な収益確保が欠かせないSaaSビジネスでは、Churn Rateが高まると事業継続が困難になる。長期的な事業継続の目安としてChurn Rateは2.0%以下とされている
SaaS営業に必要なスキル
顧客が抱えている業務上の課題を的確に把握し、それを解決するために自社のサービスをどのように有効活用すればよいのかの提案とサポートができなければ、継続利用が望めません。このためSaaS営業では次のスキルが必要になります。
(1)ヒアリング能力
「長期利用=収益拡大」になるSaaSビジネスにおいては、営業社員のヒアリング能力が重要になります。
売り切り型ビジネスでは営業社員のセールストークが成約要因になります。しかしSaaSビジネスはサービスの継続利用を前提にしたビジネスモデルです。SaaS営業においては契約後の顧客満足度維持が重要になります。
したがって営業社員にはセールストーク能力の高さよりも、顧客の業務上の課題、自社サービスに対する不満などを発見するためのヒアリング能力が欠かせません。
(2)長期的展望に立った営業力
売切り型ビジネスの生産・オフィス設備や耐久消費財の営業と異なり、SaaS営業の1件当たりの受注単価は低額です。しかしSaaSビジネスはLTVの最大化を目標にしているので、長期的展望に立って顧客に適切な提案やサポートをする営業力により、収益拡大が可能になります。
(3)顧客の複数の課題を選別するスキル
顧客は常に複数の業務上の課題を抱えています。事業が拡大すればそれに伴った新しい課題も発生します。そうした悩みを抱えている顧客に対して、自社サービスで「あれもできます、これも解決できます」では何の説得力もありません。
顧客が抱えている複数の課題解決の優先順位をつけ、サービスシステムの現有キャパシティですぐに解決できる課題とサービスステムのバージョンアップやキャパシティ拡大で解決可能な課題を選り分け、それぞれに最適な課題解決策を提案するスキルがSaaS営業には求められます。
SaaS営業推進のポイント
SaaS営業を推進するためには、次の3点に留意する必要があります。
(1)データの蓄積
業界共通の営業ノウハウが確立されていないSaaS営業では、顧客データの蓄積と成約経験の積み重ねにより、自社の営業ノウハウを確立する必要があります。
そのためには営業社員個々が顧客からのヒアリングや職場観察で見抜いた業務上の課題に関する様々な情報、顧客がSaaSサービス導入を検討したきっかけ、課題解決のための提案内容、成約要因など、すべての営業活動情報をことごとく記録し、データベース化しておく必要があります。そのデータ分析によるPDCA回しが実効性のある営業ノウハウ確立に繋がると言われています。
(2)営業活動情報の共有
SaaS営業では個人プレーよりもチームプレーが重要になります。このため前線の営業活動は個人プレーでも、兵站の社内ではその活動状況や成果の情報をチーム全体で共有し、営業活動の課題発見と改善に向けたPDCAを回すチームプレーが欠かせません。このチームプレーが営業ノウハウ早期確立の近道とされています。
(3)マーケティング部門との連携
SaaS営業では営業部門とマーケティング部門の連携が欠かせません。なぜならSaaS営業は営業プロセスモデル「The Model」の仕組み営業活動の基本にしているからです。
「The Model」とは、営業プロセスをマーケティング、インサイドセールス、外勤営業、カスタマーサクセスの4プロセスに区分し、各プロセスの数値目標をマーケティングからインサイドセールスへ、インサイドセールスから外勤営業へとリレー方式で繋ぎ、営業プロセス全体を可視化することで顧客満足度を持続的に高め、LTVの最大化を図る営業の仕組みです。
したがって営業部門とマーケティング部門合同のミーティングを定期的に開催し、問題認識、顧客情報、成果など共有で意思疎通ができている、風通しの良い営業組織作りが不可欠とされています。
SaaS営業の課題
SaaS営業は言わば発展途上の営業法と言えます。サービスベンダ各社が手探り状態で営業ノウハウ確立に努めているとも言われます。このため現在のSaaS営業には3つの壁があると言われています。
(1)売上予測の壁
SaaSビジネスは2018年が「SaaS元年」と呼ばれているように、新しいビシネスモデルです。したがって経営指標が従来のビジネスモデルと異なります。営業指標や営業プロセスも従来のビジネスモデルと異なります。加えてSaaS営業のハウツーはあってもノウハウは確立されていません。
このため営業の指標設定やプロセスが曖昧でぶれやすく、正確な売上予測に苦慮しているサービスベンダが多いと言われています。
(2)人材育成の壁
SaaS営業の基本とされているThe Modelは、日本の会社ではなじみがなく、このモデルに精通した営業マネージャーもあまりいません。このためSaaS営業の人材育成に苦慮しているサービスベンダが多いと言われています。
(3)マーケティング部門との連携の壁
The Modelはマーケティング部門との連携が不可欠要素になっています。ところが現場では、営業とマーケティング部門がリードの数や質を巡って対立するケースがよく見られます。そうなると縄張り意識や感情論も手伝い、連携は名ばかりになっているサービスベンダが多いと言われています。
まとめ
LTVの最大化を目標にしているSaaSビジネスの営業は新形態の営業法です。近年は売切り型ビジネスを行っている企業がSaaSビジネスに進出するケースが増加しています。
SaaSビジネスの営業活動においては、営業活動に必要な専門用語を正しく解釈すると同時にデータ分析、顧客の業務上の課題を的確に見抜く洞察力など、売切り型営業では必要とされない営業のスキルやプロセスが必要となります。こうしたSaaS営業の特徴は、売切り型ビジネスの営業マネージャーにとっても無縁ではなく、逆に自社の営業力強化のヒントになるものと思われます。